嗚呼無情

今。
私の頭の中にはこの四文字が浮かんでいる。
嗚呼無情。
昔の歌手が歌っていたなあ、アン・ルイス?だっけ。
通勤途中の中央線快速の中でそんな事を考える。
まだ起きていない頭で、無駄な思考を何百、何千と繰り返す。

本日は木曜日。
一週間のなかで、もっとも頑張りきれない曜日だ。
電車のドアが開く度、涼しい風が車内に吹き込んできて心地よい。
夏が終わり、秋が肌寒さと手を繋いでやってくる。


あの人は今何をしているのかしら。
ふとしたときに、声や、香りや、繋いだ手の感触を思い出す。
その度に私は年甲斐もなく、くらくらしてしまう。
恋に恋する女子高生じゃないんだから。
そう自嘲してみても、やっぱり頭から離れないのだ。


あの人には一生を誓ったひとがいるのに。
同じ家で暮らして、同じものを食べて、同じテレビ番組をみて、ああだこうだと感想を共有する、そんなひとがいるのに。
そんな事を想像すると、恋をする幸せを遥かに超えた負の感情が心を支配する。
どんなに私があの人を愛しても、あの人は帰る家がある。家庭がある。
私は奥さんには叶わない。
大国と発展途上国のようなパワーバランスだ。
(いや、私なんか発展さえしていないのかも。)

そんなことを考えていたら、いつの間にか西荻窪を通過していた。
今日も中央線快速下りはそこそこに混んでいて、私が座れることはほとんどない。

目の前の女はせわしなく化粧をしている。


家でしろ。

そんなことを言えるわけもなく、ただただ悲しみにも怒りにも似た感情が私を支配していく。


生きることは難しくて、不器用な私にはとんでもないミッションだ。
そんなネガティブな思考をしているほんの隙にも、あの人の笑った顔や声が浮かぶ。
ひとつひとつの仕草が、私の頭の中を支配する。
窓の外はさわやかな秋晴れで、私はあの人の住んでいるところも晴れているといいな、と心のなかで願ってみた。

ひとつ、ためいきをついて

嗚呼、無情。